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平成26年度 卒業証書・修了証書授与式を挙行

 3月19日(木)11時から津幡町文化会館シグナスにおいて、「平成26年度 卒業証書・修了証書授与式」が挙行され、村本健一郎校長から告辞が述べられ、続いて福森義宏金沢大学副学長、矢田富郎津幡町長から祝辞が述べられました。
 村本校長の告辞の概要は、以下のとおりです。

 本日、卒業を迎えた本科190名、ならびに修了を迎えた専攻科22名の皆さん、おめでとうございます。
 高専卒業の技術者として、特に皆さんには高い目標を持ちその実現に向かって挑戦し続けることを期待します。このことについて、我が国の最先端大型技術プロジェクトであるロケット開発の歩みを取り上げてお話したいと思います。
 第2次世界大戦後、我が国は航空機の技術開発を禁じられておりましたが、サンフランシスコ平和条約締結後、再度航空技術の開発ができるようになりました。
 1960年代には、人工衛星の打ち上げを目指したラムダロケットの開発が始まりました。最初の打上げへの挑戦は1966年9月26日に行われました。しかし、3段の途中から軌道がそれて、軌道投入制御が正常に行えず、やがて機体はレーダから姿が消え失敗となりました。原因は2段と3段の分離が完全に行われなかったことと推定され、その部分の改良がなされました。
 その後も、何度も失敗と改良が繰り返され、そして遂に、我が国初の人工衛星の打ち上げは5回目の挑戦によって成し遂げられました。第1回の挑戦から3年半後の1970年2月11日のことでした。エンジンの轟音が響き渡り、内之浦の空に、ラムダ4S型5号機が飛び立っていきました。日本で最初の人工衛星が誕生した瞬間でした。この衛星は打ち上げ地に因んで「おおすみ」と命名されました。こうして我が国は、旧ソ連、アメリカ、フランスに次いで、独力で人工衛星を打上げた4番目の国となりました。
 我が国初の人工衛星「おおすみ」が打ち上げられて以来、多数の衛星・探査機の打ち上げに成功しております。近年で最大の成功は「はやぶさ」の帰還と言えます。工学実験を主目的に作られた「はやぶさ」は、2003年に内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、2005年に小惑星「イトカワ」を探査し、打ち上げから7年をかけて往復60億kmの飛行を続け2010年6月に地球に帰還しました。帰還させたカプセルの中には小惑星から採取された試料が入っており、これによって「はやぶさ」は世界で初めて月以外の天体から粒子を持ち帰った探査機になりました。
 最先端技術の分野の一つであるロケット技術において、このような世界的な地位を獲得できたのは、失敗を恐れずに果敢に挑戦し続けた技術者たちの存在があったからと言えましょう。蓄音機や白熱電球などを発明した、アメリカのトーマス・エジソンは次の言葉を残しております。「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまくいかない方法を見つけただけだ。」 「私たちの最大の弱点は諦めることにある。成功するのに最も確実な方法は、常にもう1回だけ試してみることだ。」成功するために挑戦した結果の失敗は大いに価値があり、逆に、失敗を恐れて挑戦しないことは、成長しないことを意味すると言えるでしょう。皆さんには成功を目指して、たゆまず挑戦し続けることを期待します。
 皆さんには、これまでの学校生活で得た、あるいはこれからの社会生活で得るであろう真の友人が大いに助けとなることでしょう。これからの新しい環境の中でも積極的に他と交わり、自分の専門とする領域以外の人たちとも交流し、それを通して視野を拡大していくことを期待します。
 卒業生・修了生の皆さんの首途を心からお祝いすると共に、前途に幸多かれとお祈りして告辞と致します。

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福森義宏金沢大学副学長の祝辞  矢田富郎津幡町長の祝辞